読めよ

フリークス・シティ

好き(笑)(笑)(笑)。 ここは現代で人間とゾンビとヴァンパイアが共存するオハイオの田舎町(笑)。 難しい事は抜きにして、まあそういう事なんだろう(笑)、こういう強引な設定いいです。こうこうこうなってああなってという理屈っぽい『アンダーワールド』みたいなのも勿論いい...

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2017年2月13日月曜日

地下ドル備忘録 ちしゃうさ 園井千咲

今日は一寸趣向を変えて、アイドルへの夢の足跡を追ってみようと思う。

出来れば本人に承諾を得たく思ったが、その軌跡を辿ると2012年の8月に、全てのSNSから消息が途絶えてしまっている。

しかし、芸歴等のログは削除依頼もなく残してあり、且つ全てオフィシャルなものなので特に問題は無いかと思う(もし本人から削除依頼が出れば応じます)。似たようなファンのブログも残っているようだし。

この人の初見は2011年くらいだったと思う。当時ニコ生で『ちしゃうさ』というハンネで生主をしていたと記憶している。
僕がコミュニティーに入ったのはいつごろだったかは定かじゃないが、ぼちぼち観ていた。ニコ生のユーザー生はコメントシャワーが特徴だが、僕はコメはあまりせずロム専(ただTVの様に視聴するユーザー)層で、コメをするコミュや枠も極々限られているリスナーであり、このちしゃうささんの枠ではほとんどコメをした記憶がない。

観ていて濃い『囲い(支持層)』が多かったと思う、原宿の頃かな?、で、たまに湧く『アンチ(荒らしや煽りなどもひっくるめて)』を囲いがNGぶちこんで、流れを保つみたいな放送だったか。でも、そんなにアンチはいなかった気がする。張り付いて観てた訳じゃないので詳しくはわからないが…。

そもそも何故興味もったかというと、この人は『アイドル』になりたいと言っていたので、ちょい追ってみたいなというただそれだけ。当時のニコ生では、大手(コミュが大所帯の生主)~中堅コミュの女子達がこぞって『アイドル(芸能人)になりたい』みたいな風潮があり、果ては軒並み玉砕していってたので、観察というか。
まあ今にして思えば、ニコ生という空間も罪作りといえばそうで、ああいう放送で不確かなcgiでは数千人来場であの怒涛のコメシャワー浴びれば、自分が何者かにでもなったかと有頂天というか勘違いする訳で…、安易に映像つながりでAKBやらきゃりぱみゅだのに自己投影してしまうのか…、そういうね。

そして、もれなくちしゃうささんにも転機が訪れて、高校?専門学校?か忘れたが、卒業と同時に上京して事務所に所属してデビューするという電撃告知。
その発表の時の放送は荒れてたな(笑)、引き止めるコメや応援激励コメやら凄い状況だった記憶、本人は泣いていたかな、動画もないし一寸覚えてないがとにかく荒れた。
「ああこんな感じなのか、疑似的なAKBの卒業式の様な」とまさにそれとかぶってた。
本人やリスナーさんはいたって真剣だったからちょい感化されてた気もする。

上京後はアメブロとかtwitterでイベントの告知してたのかな、アメブロはたまに覗いてたが、『ハニーキャラメル』というグループでデビュー、ちょこちょこ小さな箱でのライブ即売会をしていたようだ。そして撮影会も、水着やらそっち系の撮影会…。

そしてたまにニコ生の放送もしていた様で、僕は残念ながらあまり視聴していなかったが、たまに覗くと、
「こんなに来場あるのになんで誰もライブ来てくれないの?撮影会予約してくれないの?ニコ厨とか信用出来んわ」
みたいな煽りにもとれない本音の吐露がかなり印象に残っている。やはり苦しかったのかな…、実家からワンルームかなんかでのおそらく初めての一人暮らし、親もいないのでレッスンやお色気撮影会終わって疲れてても飯つくってなんちゃらかんちゃらの愚痴と、ライブ告知だけの放送。
視聴していてやはり空気も重く、日に日に減っていくコメや来場、そして当然放送もしなくなった。
正味1か月ほどで放送しなくなったんじゃないかな、おぼえてないが、実家では赤裸々に夢や日常を語りいい雰囲気だった放送も、事務所絡みで言いたいことも言えなくなり(実際どういう営業していたのかは想像に難くないが…)、みたいな。数回見て察した。

ニコ生をやめてその後、ブログなどをたまにのぞくと、グループのメンバーの入れ替わりが激しいようで、卒業ライブなんちゃら、卒業撮影会なんちゃら、と即売アイドル特有の回転だった感じ。

で、半年くらいかな?ハニーキャラメル解散、「はやっ…」っと思ったが、最近はもっとはやいらしい(笑)。その後、本人が事務所に所属してたかどうかはわからないが、自発的にか『アリスインシアター』なんかのオーディション受けて女優目指したり、声優オーディション受けたりしていたようである。


そして、程無くそういう活動も途絶えて、今日twitterで検索すると一人で路上ライブをしていたようだ。当時ファンの人に、
「ニコ生で5000人来ても路上に来るのは5人」
みたいにもらしていたとのこと(つぶやきで)。そして2012の秋冬位に最後のオフ会があって、そこで、
「勉強しなおす」
みたいに、再起を思わせる様な言葉を残しての囲いやファンとのお別れだったようだ…。

ほとんど接点もないが(ほとんどどころか全く無いが)、今日の追憶で少し寂しい気持ちになった。
ニコ生~地下ドル~様々な可能性を求めオーディション~路上ライブ、勿論アイドルへの道は険しいが、相手は全く僕を知らんが、こっちはデビュー前から|д゚)←チラ見していて経過をある程度はわかっているので、
「ああ義理でも一度くらいはライブ行けばよかったかな…」
と思ってしまう。

今どうしているんだろうかね、ひょっとしたらもう結婚して幸せな家庭を築いてるかもだし、未だ歌手やアイドルやら芸能に邁進しているかもしれない。

どのみち彼女が元気でどんな形であろうと幸せであることを願わずにはいられない。

2017年2月5日日曜日

七三分け

僕は小さい頃から七三分けをしていた。



何故なら髪を切るのが好きじゃなかったからだ。

七三分けをする人は大別して2タイプいると思っていて、それは僕の様に前髪がうっとうしいから分ける人と、別にうっとうしくないがおしゃれで分ける人。

大人になってからは、美容院に行くのがそれほど嫌ではなくなったので(性癖がわかる担当がいるから)、前髪がうっとうしい事もなくなり、あまり七三分けをしなくなったが、それでも忙しい時や担当が辞めてしまったら元の木阿弥で、必要に迫られて七三分けをしなければならなくなる。

それで去年の暮れのことだが、帰省前に担当が三茶とかに店を移ってしまい、髪が伸びていて帽子をかぶったりしつつ誤魔化していたけれど、実はぶっちゃけ帽子も好きではなく、七三分けで出掛けた。

従姉を訪ねたんだが、最初七三分けだったのが、電車で寝たり風のせいで真ん中分けになっていたらしい。

従姉に、
「あんたイメージ変わったね、いいんじゃない?」
と不敵な笑みで言われて「?」と思いラボに行きミラー見て気付いたのだった。

そして不可抗力とはいえそのような隙を見せた自身に腹が立ちつつ、七三分けに直した。

部屋に戻ると、従姉がチラ見して、プっと吹いたのがわかった。その不遜な態度に、
「このクソあまが…」
心中重ねてむかついたが、子供の頃のように報復の悪戯をする年でもなく、笑う従姉をイチベツしお茶をあおった。

そもそもただうっとうしいという理由で、幼少からの癖で分けていただけの『七三分け』に対して、いつしか自身にここまで拘りや愛着があったのかと驚いた。

たかが七三分けされど七三分けという話。

余談だが七三分けというとバックトゥザフューチャーの若かりし頃のおとん思い出すね


2017年2月3日金曜日

僕という一人称について

『僕』という一人称を無意識に使う者の一人としてこれについて考えてみた。

これは正確(アカデミック)には自分と同等や自分以下の者に対しての一人称代名詞とのことだ。

正直そんなことは知らなかった。

いや知らなかったというか『僕:しもべ』ともよむし、そんな感じかな?とは思ってはいたけれど、典籍によれば僕は別に間違った使い方はしていないようである。

まあそんな机上の空論はおいといて、男は大別すると『俺派』『私派』『僕派』という三大派閥にわかれる。

マイノリティーとして『自分派』もいるが、これは全ての一人称派閥の者がたまに使うものであり、『自分』としか称さない者は生きてきて一人しかいなかった。関西弁だと二人称で使うみたいだけど、一人称で普段使いは滅多にいないと思う。

そしてその者は自分のことも自分と称し、他人二人称も自分と呼ぶ、稀な男だった。

具体的に言うと、
「自分はこうしたいんだが自分はどう思う?」
と徹底していた。彼は、
「僕はこうしたいんだが、あなたはどう思う?」
と言ってるつもりなんだけれど、なにしろ純血で混ざりっ気のない『自分派』なので、彼がそう言う度に心おどったものである。

僕が自分の事を僕としか無意識で言えないように、彼は自分を自分としか言えないのである。
これはとんでもない事だと思う。

彼は埼玉の出身だ。僕は物心ついた時はメインは東京だ。埼玉と東京などほとんど距離はない。
それなのに、しみついた一人称や二人称が違う。

トッポい奴が『俺派』だったり、まじめくさった意識高い系などが『私派』だったりそれはわかる。

でも常に『自分』てありえるか?「自分さあほんと〇〇好きだよねえ」とか言うか?わざとじゃなく…

ほんとそいつとの会話はカルチャーショックだったよ、こんな言霊使いがまさか埼玉にいたとはね…、さいたま侮れないな。でも、意外と関西には多いのかな?でも関西弁の場合は二人称のみだよね、たしか。

で、ちょい憧れて僕も『自分派』になるべく一時自分と言ってたんだけど、やっぱ矯正出来ないし、僕で生きてきたんで、自分とか言ってるとなんか気持ち悪くなるから止めた。

と、そういう話。




2017年2月2日木曜日

猿でもわかる任意団体・同好会・サークル(人格のない社団)の銀行口座開設の方法

ここへたどり着いた人は、

『自分の名前じゃない銀行口座つくりたい』

という事だろう。目的は様々だと思う。

早速教える。

※用意するもの
・ハンコー百均の木とかプラスチック製のやつでいい。出来れば手彫りとかケースの上に書いてあるやつ。勿論自分の名字。シャチハタとかゴム製はダメ!

・運転免許証かマイナンバーカード(保険証は写真
ないからダメ!)

・規約ーテンプレがそこらにあるのでどれでもいい。コピペするかPDFおとしたり。一応ここでも実際通ったのを載せておく。【】の中は自分で考えて書くところ。埋めたら【】は消すこと。

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【会の名前】運営規約

第1条 会の目的
【例:映画の趣味の合う人】の団体である【会の名前】の準備や運営の業務を円滑に進め、会員相互の親睦や友好を深める為の活動を行うことを目的とする。

第2条 名称
この会の名称を以下のとおりとする。
【会の名前】

第3条 所在地
この会の所在地を以下に置く。
【郵便番号 自分の住所】
会計 【自分の名前】

第4条 会員
【例:映画という素晴らしい文化】について共に理解し平和的に保全していく事に努める者であることを参加の条件とする。

第5条 役員
この会に以下の役員をおく。
 会長   1名
 副会長  1名
 会計   1名

第6条 役員の任期
役員の任期は【年月日※いつでもいい】までとする。

第7条 代表
会長は会を代表し、会の円滑な運営に努める。副会長は会長を補佐し、会長が欠員のときは会長の職務を遂行する。

第8条 運営
概ね年2回の勉強会を開催する。重要事項については、会員による運営会議を行い円滑な業務遂行に努めるものとする。運営会議の議事は、出席者の過半数の同意をもって決定する。

第9条 会費
会費を年間【~円】とし、原則これを財源に運営費用として充てるものとする。

第10条 
この規約は、会員の過半数の同意をもって改正することが出来る。

附則
1.会の役員は次の会員とする。
 会長 【自分の郵便番号から住所】 【自分の名前】
 副会長 【自分じゃない会員の郵便番号から住所】 【その人の名前】
 会計 【自分の郵便番号から住所】 【自分の名前】
2.この規約は【明日の年月日】から適用する。
3.設立年月日 【1週間前くらいの過去の年月日】

この規約の記載内容について事実と相違ないことを証明します。
   【自分の郵便番号から住所】
   会長 【自分の名前】【ハンコ押す】

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これで自分はゆうちょの総合口座を開設した。

ゆうちょに限ればこの3点があり、規約に間違いがなければ20分もかからず同好会などの名義の口座が開設出来る。

会の名前のみが口座名義になるので、名前はちゃんと考えた方がいい(会員が会費等を振り込む際に代表者の名前は出ない)。

会長(自分)が会計を兼任しても良い。

ハンコ(銀行印)は会の名前の印鑑でもいいがつくると高いので自分の名前のハンコでも同じこと。今の通帳は銀行印は記載されないから。

ただ窓口によっては会員の名簿等の提出を求めてくるゆうちょの職員もいるらしいので、そこはわからない。その場合も、例えば副会長が家族や友人ならそれを伝えればいいのかもしれない。

自分が口座開設を行ったゆうちょは普段からよく行く地元の小さな郵便局だったので、職員の方々もそこそこ顔なじみであり滞りなく手続きが進んだ。

この任意団体名義の口座は、飽くまで基本は非営利の同窓会や同好会などの会費等の管理運用などをする為のものなので、悪用はしないこと。商取引き等で儲けなどが出た場合はきちんとしかる機関へ申告しなければならない。

以上が任意団体の口座を開設したい人の参考になれば幸い。